“力に支えられたやさしさ”を武器として、優勝劣敗の最終的な緩和をめざす

庄司薫の本
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 庄司薫という作家について語るのは、ぼくにとってはとても難しいことだ。
 おそらくは、誰よりも影響を受けた作家だろう。ぼくも小説なんぞは書くけれど、小説の影響と言うより、生き方の影響をはっきりと受けている。彼のシステムをかなりの部分取り入れて自分自身を築いたため、客観化が難しいのだ。彼の小説、『赤頭巾ちゃん気をつけて』を初めて読んだのは、この小説が中央公論文庫に入ってすぐだったと記憶しているから、昭和48年(1973年)の夏だろう。 17歳だった。
 まさに自分のために書かれた小説があるならこれだ、と思った。自分に能力があるなら書きたいような小説だった。  
 ぼくは夢中になって、文庫化されていく庄司薫作品を読んでいくことになる。と言っても数は少ないのだが。  
 『さよなら、怪傑黒頭巾』 『白鳥の歌なんか聞こえない』『バクの飼い主めざして』『狼なんか怖くない』『喪失』……実は、中央公論に『赤頭巾』が掲載されたのは昭和44年(1969年)だった。この小説はたちまち話題を呼び、その年の芥川賞を受賞する。  
 『赤頭巾』の「赤」に続いて、『黒頭巾』(黒)、『白鳥の歌』(白)ときて、本来は『ぼくの大好きな青髭』(青)の四部作をさっさと書いて、すぐにまた“退却”するするつもりだった、という本人の思惑とは違って、芥川賞受賞をきっかけに読者とマスコミの集中砲火的な視線にさらされることになっていった庄司薫。実は、さらに遡ること約十年前の東大駒場の教養の学生時代に「喪失」という短編で中央公論新人賞を受けていること(その時は本名の“福田章二”だった)、その後法学部に進学し作品集『喪失』を残して“退却”してしまい、新人作家としての道を自ら封印していた、などの事実も明らかになる。一方、本はベストセラー、『赤頭巾』『白鳥の歌』は映画化され、 あっという間に時の人となってしまう庄司薫。  
 その結果、『黒頭巾』『白鳥の歌』は完成したもののさっさと退却とは行かなくなる。 四部作の完結篇『青髭』は、ぼくが出会った1973年にはまだ連載も始まっていない。だから、ぼくがリアルタイムに読んだ庄司薫作品は実は『ぼくの大好きな青髭』が初めて(で最後、小説としては)であった。  
 そして、庄司薫は、『青髭』発表後、エッセイ集『ぼくが猫語を話せるわけ』を残し、また退却してしまう。以後ほぼ四半世紀。中央公論の記念号や自らの文庫の改版時にあとがきを書くくらいで、見事に沈黙を守っている。  
 彼がいつの日か、再び筆を執る日があるのかどうか、それはわからない(こころから待ち望むものではあるが) 。  
 しかし、1970年代前半の庄司薫は、時代の児として他の誰にもできないことをした。  
 そう思うのはぼくだけだろうか。  
 このページでぼくは、庄司薫の“時代の児としての運命”を辿ってみたい。

ニュース! なんと、薫くん四部作が新潮文庫に収録されます。二月末に「赤頭巾ちゃん気をつけて」が、三月末に「さよなら怪傑黒頭巾が、四月末に「白鳥の歌なんか聞こえない」が、五月末に「ぼくの大好きな青髭」が、四か月連続するかたちで刊行されます。詳しくは、庄司薫ファンページで。