トニーと『サイコ』の影 その3

 

 長男のオズグットの言葉で、トニーが『サイコ』への出演について、どのような自己了解を持ったか、ほぼ我々にも理解できた。テレビの人気番組だった『サタデー・ナイト・ライブ』でゲスト出演したトニーは『サイコ』のパロディを演じて大喝采を浴びたという話もあるし、トニーのユーモアについては、ジャネットの本にこんな挿話もあった。
 1982年のこと、あるテレビ番組で『100人のスターの夕べ』の舞台を中継した。その中で有名な“カップル”についてのコーナーがあった。ジンジャー・ロジャースとフレッド・アステア、ジューン・アリスンとヴァン・ジョンソンなどが出演した中で、トニーとジャネットは“奇妙なカップル”だった。トニーは舞台の『ロマンチック・コメディ』に出ていてリハーサルに出ることはできなかった。他のカップルは登場するときのために、何か出し物を用意していた。くるくる回るとか、それと分かるようなトレードマーク的な仕草だ。
 トニーがショーの晩になってやっと現れたとき、ジャネットの「わたしたち、なにをしようかしら?」と言う問いに、彼が答えるのに時間はかからなかった。
 「ぼくがかしこまって君をエスコートして、手をつないで、お辞儀する。それからゆっくりとお互いに向き合って、まるでこんな派手に喝采されるなんて信じられない、みたいな顔をするんだ。それからいかにも謙虚に、観客に感謝してまたお辞儀をする」
 ジャネットによると、これは完璧にうまくいったらしい。ただ実のところ、完全にその“ふり”をする必要はなかった、という。
 観客の反応が思いもかけず「本当に」暖かいものだったのだ。

 そして、このエピソードから10年後の1982年、トニー・パーキンスは帰らぬ人となった。享年60歳。死因はエイズだった。同年10月4日付けの『サンデー毎日』の記事がある。2ページのさして長くはない記事だが署名記事だ(毎日新聞ニューヨーク支局田原護立氏)。
 ハリウッド・スターのロック・ハドソンがエイズ死したのが1980年代半ば。その後もロック・グループ、クイーンのフレディー・マーキュリーの死は大きな反響を呼び、プロバスケットのマジック・ジョンソンのHIV感染告白も衝撃だった。そんな中でのパーキンスの死。エイズの発症は2年前。家族他の限られた人にしか知らされず、公表しなかった。ベリーはこう語ったという。「二年間、夫は誰にも知られたくなかった。もし、誰かに知られれば、二度と仕事ができなくなることを知っていたからです。週に一度、病院で外来患者として受診するときも、名前を変えていました」
 トニーがいつ感染したのかは分からない。トニーのスポークスマンも死後の発表でその点については触れていない。しかし、トニーには以前からホモセクシュアルの噂があった(本人は否定していたが)。最後の一年、トニーと最も親しくしていた“パートナー”は、共同して新たなテレビシリーズを計画していたテレビディレクターだった、という。この男性もエイズ発症者で「しばしば、二人だけの時間を過ごしてきた」と証言した。しかし、この証言は、家族への裏切りと言うよりは、心の通じ合う同士が、人生と仕事を語り合っていたと受け止められていた、という。
 トニーと親しかった女優、シャーリー・マクレーンが、「しばしば会っていたけれど、何も知らなかった。ひとり(家族や一部の関係者も含むが)だけで苦しんでいたなんて……それがこの病気の最大の悲劇です」と話しているが、トニーの闘いはハリウッドでは孤独だったようだ。スポークスマンの読み上げたコメントがそのことを物語っていた。
 「愛、自己犠牲、人間への理解というものについて、私は、人生の大半を過ごした激しい競争の世界(ハリウッド)からではなく、“エイズの世界での冒険”を通じて、より多くを学んだ」
 田原記者は、記事の最後をこう結んでいる。
『そして、一本の映画作品にその俳優人生を決定的に塗り込まれてしまった希有の名優は、人生の最後に遭遇した「悲劇の舞台」で、その呪縛から解き放たれた。
 「エイズは神の仕打ちだと多くの人々が言う。しかし、私は、人を愛し、理解し、お互いをいたわることを教えるためにもたらされたものだと信じている」
 俳優パーキンスの最後の“台詞”に、夢想と現実に戸惑うノーマン・ベイツの面影は微塵もなかった。合掌。』

 

 

 付記 ジャネット・リーの『サイコ・シャワー』(筑摩書房。「リュミエール叢書25」2369円)からは大量に引用させていただいた(たぶん、ルール違反に相当するくらい)。記して感謝したい。パーキンスについてだけではなく、『サイコ』についての一級の資料です。是非買って読んでみてください。
 なお、一部「キチガイ」という用語を使ったことについて、数少ない読者のSさんから、ご指摘を受けた。ごもっともです。ですが、いまのところ、あえて改変はしていません。デリケートな問題ですが、そして、ぼく自身明確に自分の考えを述べられるか疑問ですが、この場で少しその点について補足しておきます。
『本当に戦慄したのはやはりあのラストシーンだ。これは実に深い恐怖をぼくに与えた。本当の「キチガイ」を見てしまった、という戦慄。しかも、そのキチガイに十分に感情移入して、女主人公が死んだ後は彼こそが主人公だと思って見ていた、その挙げ句のことだ。つまり、パーキンス演ずるノーマン・ベイツに感情移入して彼のつもりで見ていたぼくは、ラストで実は「あなた」が本当はキチガイだったのです。と明かされたようなものだったのだ。』
 この文章でぼくは、この用語を“痛い”ものとして使っている。この痛みを表すに他に言葉がなかったのだ。それがあるいは伝わっていないのかも知れない。精神病患者……などではない、キチガイ。この言葉はやはり『サイコ』のシャワーシーンで振り下ろされる包丁のようにアブナイコトバだ。この映画には、ひとりの俳優の人生をねじ曲げるくらいのアブナさは十分にこもっている。
 トニー・パーキンス。彼はパッシブな印象を与えるが、通常を遙かに越える困難と、立派に闘った人間だった、と思う。

Saturn's Ring
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