史上最もチャーミングなポップグループママス・アンド・パパスに捧げる


ママ・パパ物語
ママス&パパス
ジャケット・コレクション
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ママス・アンド・パパス。
ぼくにとっては、特別な名前だ。
出会いは、中1の頃。掃除の時間に机の下に潜って床を雑巾で拭いていた時だった。
何かがぼくの心をノックしたのだ。
初めは気がつかなかった。掃除の時間にはずっと音楽を流していた。誰が流していたのか、今となっては分からないけれど、確か放送部のようなものがあったばすだから、放送部員の誰かだろう。

ふっと気がつくと、聴いたことがないほど胸を揺さぶられる音楽がかかっていた。男女混成のコーラスで、明るいけれど哀愁があり透明感のあるサウンドに絶妙のボーカルが乗っていた。
ぼくは、床を拭くのをやめて、机の下から出た。立ち上がり、その音楽が流れる古ぼけた校内放送用のモノラル・スピーカを見上げた。 音楽は終わろうとしていた。
この曲は何なんだ?
マンデイ、マンデイと繰り返している。……覚えたのはその部分だけだった。マンデイ、マンデイ……、マンデイ、マンデイ……その部分が繰り返し頭の中でくるくると回り続けた。

これが、ぼくとママス・アンド・パパスの出会いだった。ぼくは曲の名前もその曲を歌っていたグループの名前も知らなかった。 今から考えると不思議な気もするが、放送部に行くことを思いつかなかった。その代わりに放課後レコード屋に行って、シングルレコードの欄を探した。そして、ぼくはタイトルにぼくの聴いた部分を冠したシングルレコードを幸運にも見つけることが出来たのだ。
そのレコードとは、『夢のカリフォルニア/マンデー・マンデー』。グループ名はママス・アンド・パパス。随分と変わった名前のグループだった。ジャケットにはそれらしき四人の男女が写 っている。マンデー・マンデーはB面だったが、両面とも過去のシングルヒットだったらしく、ジャケットに両面 の2曲とも大きく書かれていたのだ。
これがぼくの探しているレコードだろうか?
中1の生徒にとって、シングルレコードではあっても、レコードを一枚買うのは決心を要した。お小遣いは少なく、失敗は許されない。迷ったあげくその日は買わずに帰ったと思う。 しかし、結局のところぼくは買った。そして恐るおそる、あるいは期待に胸を躍らせて、回り始めたレコードの端に針を落とした。
男女混成のコーラスが流れ始める。間違っていなかったのだ! あの曲だった。
ほどなく、ぼくは生まれて初めてアルバムを買うことになる。しかも2枚組だった。ママス・アンド・パパスのベスト盤を買ったのだ。ぼくはそのレコードを宝物のように、というより文字通 り宝物として繰り返し繰り返し飽きずに聴き込んだ。ママス・アンド・パパスは既に解散したグループだった。夢のカリフォルニアがデビュー曲。マンデー・マンデーは2曲目のヒット曲で彼ら最大のヒットになった曲だった。しかし、アルバムの多くの曲がぼくの心を捕らえた。どの曲もセンスの良さが抜きん出ていた。何曲かは上記2曲に負けないほど、あるいはそれ以上にぼくの心を揺さぶった。 始めつまらないと感じた曲も、繰り返し聞くうちに耳に馴染みかけがえのないナンバーに加わっていった。

このページは、ぼくが最も愛したポップグループ、『ママス・アンド・パパス』に捧げる。

●リンク

Universal Music Japanのママス・アンド・パパスのページ(夢のカリフォルニアの試聴ができます)

デニー・ドハーティーのホームページ

Cass Elliot Web Site

Creeque Alley

California Dreamin' With The Mamas And The Papas

ウィキペディアのママス・アンド・パパスの頁

ウィキペディアのジョンの頁

ロックンロールの殿堂のママス・アンド・パパスの頁


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