2005年11月に発行したエッセイ集『dozeu.net雑想ブック』のコンテンツを
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   書くことの根拠


 ぼくは、この一年間に、『新現実』(註:1)誌上に、四つの小説と一つのエッセイを載せた。ぼくとしては、なかなかがんばったものだ、と素直に自分に感心してしまう。中には、馬鹿なことを、と怒る人もいるかもしれない。そのくらいで、何を大袈裟な、と。
 でも、仕事を持っている平均的なサラリーマン(ぼくもその一人だけれど)は、年に一つの小説を書くこともないのが普通だろう。小説を書くということは、依然としてやや特殊な営みだ。ずいぶん時間もかかるし、同人誌を維持していくのはお金だってかかる。
 すると、ぼくは何故、小説を書くのだろう?
 昔から、ぼくは小説を読むことも、書くことも、共に好きだった。小学校の高学年から活字に親しみを覚え始め、それとほぼ並行して書くことをも始めたと言ってもいいと思う。多分、探せば中学校のころに書いたフレドリック・ブラウンもどきのショート・ショートが見つかるはずだ。思い出したけれど、小学校卒業の記念に学年全体でつくったソノシートの中で、一言ずつ将来何になりたいかを言わせられたのだが、そこでぼくは、ひとり前の男の子に続いて同じことを、つまり、小説家になりたい、と喋っていた。率直に言って、ぼくが小説家、と言った理由の一番は、他になりたいものを何も思いつけなかったからだと思う。でも、積極的な理由もあったはずだ。
 たぶん、当時のぼくが知っている職業の中で、「ぼく」という人間が活かされる仕事として、直観的に、取り敢えず「小説家」はあったのだ。
 その直観は、「ぼくは小説家になりうる」という形のものであっただろうか。それとも「(小説家になりうるかどうかはわからないが)きっと楽しいだろう」という直観であった、というべきだろうか。何ものかになりうるという直観と、その何ものかこそがぼくの「生」を生きいきとさせ豊かにし充足させるという直観は、必ずしも同一ではないだろう。あまり具体性のない例で恐縮だけれど、有名大学に入ることを目標にずっと苦しい受験勉強を続けてきた受験生が、目標達成と同時にかえって無気力になり、そればかりかうつ状態になるというようなことが起こる。彼の中で、受験勉強をすればするほど、「ぼくは有名大学の学生になりうる」という直観は強められることがあったにせよ、きっと最後まで「(もしぼくが、有名大学に入れたなら)きっと楽しいだろう」という直観は、彼に訪れぬまま入学したのではないか、と想像することが出来る。このケースと逆の場合(有名大学の学生になりうる、という直観は働かないが、もしなりうるならばきっと楽しく生きいきと学生生活を送れるだろうという直観を持つ)と較べて見れば分かり易いだろう。
 そしてぼくはこの一年間、久しぶりに小説を書く日々を持った。一つ書き終えるごとに、ぼくはある種の「癒し」の感覚を得ていたように思う。そのことは、小説を書くという行為が、ぼくにとってやはり「ある特別な行為」であることを告げているように思う。しかし一方で同時に、「小説を書く」という行為をうまく把握しかねる、という感じをもぼくは持ち続けている。小学六年生のぼくが持った直観が、今もなお生き延びていると言えるだろうか。生き延びているならば、それはどのような形をしているのだろう。文章を書く、特に小説を書く、という行為について、また、書くことがぼくの生活の中で持つ意味についても、改めて考えてみたい。
 書くことの根拠についての(おそらくは不十分なものになるであろうが)これはぼく自身のための覚え書きである。

 一、「書く=生きる」の根拠

 ものを書く、特に小説を書く、という行為は依然として特殊な行為だ、と冒頭に述べた。ぼくたちは現代日本社会の資本主義経済の中で日々の生計を立てている。例えばぼくはある大学の職員として大学新聞を編集し、入試事務室の係員として受験生や予備校・受験雑誌などからの問い合わせに答える。そのような仕事に朝九時から夕方五時半まで拘束される。そして月給をもらう。
 その賃金でぼくは、生きていくために必要な衣食住、そして生存のために必ず必要というのではないが、人生を味わうために、現代日本において人が「生きている」というときに享受しうる様々なアイテムを取り揃える。教養・娯楽のためにお金を使う。
 仕事の上でももちろん人は「書く」ことをする。伝票を書き、遅刻届を書き、会議の資料を書く。また、ぼくの場合は特に、学生・父母・教員を対象とした新聞の記事を書く、企画書を書く、カットまで描く。ぼくは普段から平均的サラリーマンよりものを書くことが多いかも知れない。
 そこで、もうひとつここに、「小説を書く」ことを並べて置いてみよう。
 そしてそれらを、少し遠くから眺めてみたい。
 可能ならばさらに、それぞれの独自の「書く」が人の「生きる」のどこに繋がっていく行為なのか、という眼差しでそれぞれの「書く」の行き着く先を辿ってみたい。
 するとそこに、ある種の分岐点を設定することが出来る。もちろん、その分岐点は問題意識のあり方により如何様にも設定出来るだろうけれども、それは必ずしも「仕事で何かを書く」「小説を書く」という一見最も大きな違いがありそうに思える行為同士の間に現われる分岐ばかりではないことがわかる。
 確かに「書く」という行為の中でも「小説を書く」という行為にはある種特別な技能や適性がいる、ということを前提とした上で言うのだが、ぼくがここで取り上げてみたいと思う分岐は、その「書く」という行為がその者の「生」をいかに生きいきとさせ得るか、という例の場面で現われるものなのであって、書かれたものが小説かどうか、ということが分岐点になると単純に考える訳にはいかない。つまり、やや逆説めくが、小説を書くという行為自体は特殊ではあるが特別なものではない、ということ。違う言い方をすれば、仕事で書くもの、例えば伝票であっても、それ自体平凡ではあるが特別なものになりうる、ということ。
 その分岐は、いわば「仕事で何かを書く」「小説を書く」というカテゴリーを越え出て、「生の生きいきとした豊かさ」という共通の地平で切り裂かれる断面に現われるのであって、小説それ自体に特権があるわけではない。小説だから、という言い方は、仕事で書いた伝票だから、という言い方と同じく何の根拠にもなりはしない。実際、念願の小説家になったとしてもなった途端に、あるいはそうでなくても職業作家として意に沿わぬものを書き続けた結果として、「生の生きいきとした豊かさ」の手応えを見失ってしまう書き手もいるのではなかろうか。極端な場合には、それは仕方なく伝票を書くのと大差のない行為となる。あるいは、その時小説は苦痛に満ちたいたずらに複雑な伝票となる。有名大学に入るという目標を達成した受験生が、うつ病というワナにはまってしまったように、彼は苦しんで改めて彼の「生を生きいきと豊かにするもの」を探さねばならなくなる。それが伝票を書くことではないにしても、何らかの彼の「生」に結び付く企ての企画書を書くことであったということは充分あり得る。それは、狭い意味では実際に会社員として仕事に打ち込む(自分の企画を会社という一つの制度の中で実現する)、ということでもあろうし、広い意味では自分の人生についての企画書を書く、と言ってもいいような行為になることもあるだろう。
 ここでは、「書く」ということにおいて取敢えず述べてみたのだが、優れた仕事を残した人の中にも「書く」という行為はしなかった(する必要がなかった?)人が多くいることは言うまでもないだろう。
 重要なのは明らかに、生きいきと豊かな「生」を持つ、ということであって、「有名大学に入ること」や「小説家になること」それ自体ではないだろう。この意味での分岐点は、外に現われた形にあるというよりは、自らの「生を生きいきと豊かに」というラインを見失わずにしっかりと手にしているかどうか、というところにあるのだと思われる。
 もしその上で、ぼくに「小説を書くこと」の幸福の直観が訪れているといい得るのならば、ぼくは「書く=生きる」の一つの重要な根拠を手にしている、ということになる。

 二、小説を書くことの特殊性

 それにしても、小説を書くという行為は、不思議な行為だと思う。小説とは何か、ということをここで定義づけることが可能だとは思わないが、ぼくにとって最も大切な要素を二つだけ挙げてみるならば、「語り(身振り・スタイル)」と「物語(流れ・ストーリー)」ということになるだろうか。
 これらの要素は、小説という形式の横糸と縦糸であり、これらを用いてぼくたちは、小説という不思議な織物をいかにも無器用にではあれ織り上げようと努力する。
 ぼくは、ぼく自身の小説に、それに相応しい「語り」の身振り・スタイルを与え、また納得の出来る「物語」の流れ・ストーリーを与えたいと最善を尽くす。尽くすけれども、時として「それ」は、結果として明らかに、自らをとんでもない服装でめかしたて、とんでもない時にとんでもない場所に現われ、揚げ句に勝手な振る舞いに及んでぼくを慌てさせる。そんな時には、ぼくは最善を尽くしたんだ、それなのに「こいつ」が勝手にしでかしたんだ・・・・などと、はしたない言い訳を、つい口走りそうになる・・・・。
 不思議なことに、「彼」は、ぼくが作り出したものであるはずなのに、多くの場合ぼくの手には負いかねる。彼は、彼自身の生命を持っている、と思えるときがある。(うまくいきさえすれば)彼は、ぼくの小さな思惑を超えて、彼自身の好みの服を着、俳優気取りの身振りを捨てて自然体に、彼自身の道を歩き始めるのだ。不思議に確固とした足取りで。
 時として、彼自身の運命を知っているのは、ぼくではなく、彼自身である、ということが起こる(本当に起こるんだ)。それが、小説なのだ。
 そこに、確かにぼくは魅かれている。(あまりにも)簡単に言えば、そこに、ぼくが小説を書く根拠も、ある。
 本当を言うと、それに何の意味があるんだ、と問われてもよくわからない。いや、そんなこと、どうだっていい、と言いたいくらいだ。でもこれは、ややヒステリックなもの言いだろう。この問への答えは、おそらく、ぼくの考える小説というものの秘密にあまりに近いところにあるのだ。近過ぎて、うかつにその秘密に触れることができない。できることなら知らん振りしている方がいい。
 そう。本当に小説が、「あいつ」が、自分でしたり顔をして勝手に動き始めるとき、それは「生を生きいきとさせ豊かに」なんて、ある意味で幸せいっぱい夢いっぱい(?)なんてことじゃ済まない可能性もあるように思えるのだ。
 そう。小説とは、真に不思議なものだ・・・・。
 先ほどぼくは、「小説を書くこと」に特権があるわけではない、という意味のことを述べた。その意味するところは、人は小説を書かなくても、恋愛をするし、事業を興すし、楽器を演奏するし、絵を描くし・・・・ということでもある。素晴らしい恋愛は、下手な恋愛小説よりも、何倍も人の「生を生きいきとさせ豊かにする」ことは間違いない。そして、そうだ。素晴らしい小説を書ける者が、素晴らしい恋愛をする、と決まったものでも(全然)ないのだ・・・・。
 だからこそ、もしぼくに小説というものを書く才能が少しでもあるのだとしたら(素晴らしい恋愛やピアノを弾く才能などに見放されている者には、それくらいあってもいいはずだろう?)、充分に気をつけねばならないことも、きっとあるに違いない。
 それはまず、「書く=生きる」の可能性を見失わずに書き続ける、ということだろう。それは取りも直さず、「書く」が「生きる」と遊離しないことだ。
 「書く=生きる」が、常にうまくいくとは限らないことは改めて言うまでもない。人生には山あり谷あり、だからどうしたって、七転び八起き、なのである。「書く=生きる」の可能性を見失う、とは、「生きる」と遊離した「書く」を小説という行為に強いてしまうこと、だと言うことが出来る。それは、「書く」についての誤った全能感に捕らわれてしまうことだ、と言ってもいい。しかし、ぼくの直観では、そのようにして書かれた小説は、決して本当には「生きない」。ただ、「書く=生きる」の可能性をなんとか手放さずに書きつづけたとき、「生きる=書く」の相互作用が始まる可能性を持つ。すると、「書く」が「生きる」を甦らせる、ということが起こり得る。「書く」が「生きる」を転生させるダイナミズムが生まれる。すると、「生きる」が「書く」を、また次のステージに連れ出すだろう。辛いときには辛いという「生きる」を、「書く」に連動させ続けることを通してのみ、「書く=生きる」の可能性と、小説そのものが生き延びるのだと思われる。
 さらに、それが仮に上手くできたとしても、そこで初めて小説が小説であることの秘密が現われてくるのではないだろうか。それは何と言うか、侮り難いもの、とでも言うしかなのだということをくれぐれも忘れないこと。そう。これは小さな声で、ぼく自身に言い聞かせなくてはならないことなのだ・・・・。
 ともあれ。
 自らの「生を生きいきと豊かに」というラインを見失わずにしっかりと手にしているかどうか、そういうものとしてぼくは、小説を書くことの根拠を考えていきたい。そう、前章の末尾で述べたことも、このような「書く=生きる」の可能性を前提としている。例え小説のストーリーが暗く希望がないものに見える場合であっても、「生きる=書く」の可能性を見失わずに書かれていれば、その小説は生き続けるし、ストーリー自体も甦りを体験するだろう。
 そう、ぼくは、信じている。
(『ニフティ文学フォーラム』一九九四年十二月十八日)
    註1)同名の商業誌とは別の同人誌。


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2007-07-01
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