• 月替わりEssays - 7月

    快活なウソツキになる方法

     さて、ふと改めて考えてみると、僕が大好きな人たちは、嘘をつくことの大切さ(!)を力説しておられる。例えば、庄司薫さんや河合隼雄さんの場合は、こんな具合だ。

     

     「いつの頃からか、ぼくは、自分がまじめに『ほんとうのこと』を書こうとしていたりするのに気づくと、そんな自分をおおいに警戒することにしてきた。何故なら、ぼくは嘘をつくのが大好きなのだ。
     しかも、今のところ、そこには悪意といった堂々たる意図があるわけではない。正確に言うなら、まことに残念ながら、悪意という魅力的な意図のための方法として嘘をつく、という境地にもいまだ至らぬまま、このぼくは、ただ要するにあることないこと(そしてもちろん、時にないことないこと)を書くのが好きなのだ。
     (中略)ぼくは、大食漢のバクよろしく、大小とりまぜた夢の数々を抱えこんでいるけれど、この悪意に関する夢想はなかでも大きいやつだろう。何故なら、悪意を飼い慣らすことは、おそらくあらゆる『自由』のための必須条件にちがいないのだから。ぼくがこの『鍛錬』に成功した暁には、ぼくはたとえば、『庄司薫氏にだまされてはいけない』といった颯爽たるタイトルの序文をまったく悪意から自由に書き、そしてあることないことはもちろん、自分について『ほんとうのこと』を快活に語ることさえできるようになるかもしれない。」(庄司薫著『狼なんかこわくない』序文より)

     

     河合さんの場合は『ウソツキクラブ短信』なる、それこそ「あることないこと」「ないことないこと」が満載の著書までお持ちだ。

     

     そこで、いつ頃からか、ぼくも上手にウソをつけるようになりたいものだ、と考えてきたのだが、取りあえず採用した戦法として、以下の方法をご紹介したい。木吾出洋子と所英明の共同考案による「ウソツキ考学の三原則」である。

     

    第一条、ウソツキは、真摯に、かつ用意周到にウソをつき、ダマしたい相手を完全にダマさなければならない。ただし、ダマした直後にウソであることを必ずバラさなければならない。

     

    第二条、ウソツキは、ダマしたくない相手に相対したときには、初めからどう考えてもウソとしか思えぬような明白なウソをつかねばならない。ただし、あまりに見え透いたウソなので、しまいにホントかと思えてきた、と言われる危険を甘受しなければならない。

     

    第三条、ウソツキは、一条、二条のいずれにも当てはまらぬがダマさざるを得ない相手に相対した場合、自らの身を守りつつウソをつかねばならない。言わばタイマー付のウソを仕掛け、一定期間後必ずバレるようにウソを設定後、現場からスタコラ逃げだすに限る。

     

     つまり、ここではウソは必ずバラす前提でつくことになっているんだなぁ。まぁ、「悪意」にはほど遠いが、この三原則を使いこなせれば、あなたも立派なウソツキですぞ。
     え?

     何故せっかくのウソをバラすんだって?

     それはあなた、バラさなかったら(バレなかったら)、ホントになっちゃうじゃありませんか?!

    (dozeu.net『雑想ブック』より)

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